べらぼう市 

べらぼう市

「てやんでぃ、ちくしょう、べらぼうめぇ~」のべらぼうでしょうか。きっと、べらぼうに安い市=べらぼう市でしょうね。自信がみなぎっているのがわかります。活気は作るものですから。(昭和54年10月撮影)

電気館 

電気館

べつに電化製品を売っているわけでも、電気屋さんでもありません。当時電気が珍しかった明治の頃、ハイカラなものには「電気」という冠言葉を使って表現していたのです。この写真から読み取れるものは、映画館がハイカラだった時代の名残なのでしょう。電気ブランの電気も同じなんですよ。(昭和51年2月撮影)

場外勝馬投票券発売所 

場外勝馬投票券発売所

大盛り上がりの場外馬券売り場です。正式名称は場外勝馬投票券発売所(じょうがい かちうま とうひょうけん はつばいじょ)と言います。熱気、活気、タバコの匂い、汗の匂い、いろんな気が伝わってきそうです。(昭和50年3月撮影)

台東区役所 

台東区役所

現在の公会堂がある場所に、以前は台東区役所がありました。いまのオレンジ通りは区役所通りと呼ばれていました。区役所がなくなり、公会堂になり、通り名が改名されました。(昭和48年12月撮影)

浅草六区 

浅草六区

六区通りです。よく見ると看板に「ダメおやじ」と掲げられています。映画?演劇?何かのタイトルですが一体何・・・?(昭和48年12月撮影)

国際劇場 

国際劇場

見てください!昭和34年の夜景です。周りのにはネオンどころか、街頭も少ないこの時代に、煌々とそびえ立つ国際劇場です。とにかく明るい。ここに来ればなんだか楽しいという気分にさせてくれるところだったのでしょう。すばらしい。(昭和34年7月撮影)

昭和33年 駒形交差点 

昭和33年 駒形交差点

昭和33年当時の駒形交差点の写真です。路面電車が通っており、その横を3輪自動車が走っています。懐かしいです。乗り物は時代を映す鏡です。(昭和33年6月撮影)

プール 

プール

元気いっぱいの子供たち。これからプールの授業が始まります。準備運動の風景だと思いますが「いちにーさんしー」と、子供の元気な掛け声が聞こえてきそうです。(昭和33年7月撮影)

戦災跡後の浅草駅ビル 

戦災跡後の浅草駅ビル

昭和33年当時の浅草駅ビルということですが、東武鉄道の駅ということでしょうか?戦災跡というタイトルがついていたので、10年以上駅ビルがそのまま手付かずで残されていたのでしょうか?(昭和33年1月撮影)

一獲千金を夢見る少年 

一獲千金を夢見る少年

ご覧くださいこの風景。宝くじ屋さんの前で一獲千金を夢見る少年。当時は露天で宝くじを販売していたんです。それにしてもこの少年は真剣です。(昭和33年7月撮影)

昭和30年代 羽子板市 

昭和30年代 羽子板市

浅草寺境内の羽子板出店の様子です。「ときは昭和の三十年代、ぺんぺん」。年末の慌ただしさの中にもゆっくりとした時間の流れを感じます。ありがたい香の煙の「常香爐(じょうこうろ)」では今と変わらず、首に、肩に、頭に、腰に、胸に・・・(おいおい、全部かよ!)煙をかけて「治りますよおうに、良くなりますように」と願かけしています。

羽子板市 

羽子板市

羽子板を買っている人の姿は、まるで羽子板を鏡にしているようです。日本髪はいつの時代も変わらず良いものです。

舟和本店 創業30周年 

舟和本店 創業30周年

明治35年(1902)に創業した「芋ようかん」で人気の舟和本店が、昭和7年(1932年)に創業30周年で撮影した際の外観写真です。
ちょうどこの2年前に浅草松屋も開店して、六区振興街まで抜ける道に商店街という形態が整え始めた時期です。

ヤマト洋服店 

ヤマト洋服店

写真提供:ビンセントマスヤ

イワマテーラー前 

イワマテーラー前

西武アーケード街 イワマテーラー前のストック

張切りミナモト 

張切りミナモト

張切りミナモト敬ちゃんのお店前

「新春の新仲」 

「新春の新仲」

昭和59年1月8日の新仲見世商店街の様子。正月三が日の人出も一服したのんびりムードが感じられます。

昭和60年7月 

昭和60年7月

新仲見世商店街アーケード入口(第一部会) 昭和60年7月の様子です。このアーケードの写真が年代とともに語り継がれるように。

一潮流家元 

一潮流家元

ビールの空ビンを利用して一潮流家元による斬新な演出。この頃すでにエコの意識があったのでしょうか?アサヒビールさんの提供です。

雷門通りの路面電車 

雷門通りの路面電車

東京電車唱歌双六(全36マス)の第22、23マスに、22)「雷門は名のみにて 仲見世とをれば仁王門」、23)「浅草寺の観世音参拝するもの絶間なく、公園見せものにぎはしく、墨田の花見も川ひらく」と詠まれた今の雷門通りには電車が走っていたのでした。雷門通りの建物は2階建てでした。

「ワゴンセール」 

「ワゴンセール」

ズボンのマスヤ(現ビンセントマスヤ)のびっくり市の風景です。びっくりする価格にワゴンの中のMy一本を真剣に探している様子がよくうかがえます。

昭和28年 

昭和28年

花菱アチャコの「そんな、あんた、むちゃくちゃでござりまするがな」が流行した昭和28年。電気元年、テレビ元年と戦後からの復興が順調に進み、都内でもいち早く浅草は賑わいを取り戻したくさんの笑い声や歓喜がありました。

「新仲見世 七夕装飾コンクール」 

「新仲見世 七夕装飾コンクール」

「新仲見世 七夕装飾コンクール」 夏の風物詩、七夕飾りです。すでにアーケードが見られます。「これでもか~っ!」という、当時の浅草の勢いを感じる一枚です。

「夜の浅草吾妻橋交差点」 

「夜の浅草吾妻橋交差点」

1972年(昭和47)の夜の吾妻橋交差点風景です。「恥ずかしながら帰ってまいりました(横井庄一さんの帰国第一声)」とグアムのジャングルで救出され、日本列島改造論で土地ブームが起き、ダイエーが三越の売り上げを抜き小売業のトップになった年です。長く続いた浅草の夜の活気は次第に新宿、渋谷方面に移っていきました。

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